(過去記事) リオオリンピック男子10000m:モー・ファラーがオリンピック連覇を果たす

Mo-nificent: Mo Farah Repeats As Olympic 10,000 Meter Champion

2016年8月13日

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モー・ファラーは、27:05.17のタイムで史上5人目となるオリンピックでの男子10000mの2連覇を成し遂げた。残り5000mを13:11、残り1600mを4:02、最後の400mを55秒で駆け抜けた。ケニアのポール・タヌイが2013年(モスクワ)と2015年(北京)の世界選手権から順位を1つ上げ2位でフィニッシュ(27:05.64)、エチオピアのタミラト・トラが3位(27:06.26)に入った。

アメリカ代表のゲーレン・ラップは4年前のロンドンオリンピックでは銀メダルを獲得したが、今回は27:08.92の5位に終わった。残り300mまではメダル争いに加わっていたが、メダルは逃した。レース序盤にファラーはラップと接触して転倒するハプニングもあったが、それでも見事金メダルを勝ち取った。

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オリンピックスタジアムのコンディションは良かった。スタート時の気温約18.8℃、弱い風が吹いていた。2015年北京世界選手権の銀メダリストで、今回ファラーの一番のライバルと目されるジョフリー・カムウォロルが、スタートから積極的に前に出て400mを67.2で通過。タヌイとカムウォロルが集団の前で引っぱり、そのすぐ後ろにラップというかたち。

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一番の疑問は、北京世界選手権の時のように、ケニア勢がチームを組んでファラー崩しをやるかどうかだった。その答えは、レース序盤でわかった。なぜなら、2周目と3周目のラップタイムが71秒まで下がり、1600mの通過タイムが4:37 (28:51ペース)だったからだ。

5周目に若干ペースが上がり (66.5)、3000mになるところでファラーが後方から先頭集団に上がる動きをする。2800mの手前で、ファラーは前に出てペースを下げようとするも、トラがそれを阻止する。トラとエチオピア選手権 (ヘンゲロでの10000m)で優勝したイエグレム・デメラッシュが2人でペースを上げラップタイムは65秒に。そして、10周目にあのアクシデントが起こった。

ファラーは先頭集団についており、すぐ前にはラップがいた。2人は接触し、ファラーは転倒してしまったのだ。ファラーはすぐさま立ち上がったが、20〜30mはロスしたと見えた。トレーニングパートナーでもあるラップは、ホームストレッチでファラーを気にかけて何度も後ろを振り向き、意図的にペースを下げファラーの事を気遣った。ファラーは親指を立て“大丈夫だ”とサインをした。

その頃、エチオピア勢は1周のラップを63.9まで上げていたが、ファラーの転倒には気付かずここでペースを上げるようなことはしなかった。5000m通過が13:43でトラが集団を引っぱり、5300mを過ぎたところでタヌイが先頭に出て、その後ろにカムウォロルとビダン・カロキ、そしてファラーと続いた。ここでケニア勢がファラー崩しに入るのか?

タヌイはペースを65秒に上げたが、6000m地点(16:37.20)で先頭集団は17人という大集団になっていた。そして、後方集団がその差を詰めてきていたので、集団は更に大きくなろうとしていた。タヌイとカロキが2人で何周か引っぱり、集団もばらけ始め、18周目のラップは66.8と少し下げた。ここで、デメラッシュが我慢できないとばかりにフィニッシュに向けてロングスパートを仕掛けた。彼は19周目を62.6で入り、この時点までの最速のラップタイムを記録した。

後方の選手は集団から離れ始めた。残り1マイル地点で、先頭集団は5人までに絞られた。デメラッシュ、トラ、タヌイ、ファラー、そしてラップ。数メートル後ろに2014年世界ジュニアチャンピオンのジョシュア・チェプテゲイ、その少し後ろにカロキだ。北京世界選手権の10000mで、出来るだけの力でファラーに挑み、今年3月の世界ハーフではファラーを破ったカムウォロルは、まるで抜け殻のようにメダル争いから離脱していた。

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残り1000mでファラーが前に出るまで、デメラッシュが62.7で押していた。次の2周もそのペースを維持し(62.8、61.2)、最終周の鐘が鳴るとタヌイが肩越しに、そしてラップがすぐ後ろ3番手につけていた。トラがラップの外側につき、デメラッシュは少し後ろに。残り300mでタヌイがスパートに入りファラーを抜かすも、ここ最近のファラーの戦略でファラーはぴったりとタヌイにつく。ラップがラスト伸びずトラが3位に浮上。

タヌイは最終コーナーでスパートをかけるがファラーをふるい落とせず、ファラーはタヌイの外側からホームストレッチに入っていく。ファラーはスムーズにリードをしながらタヌイの前方に躍り出る。タヌイがここから金メダルをとるには外側か内側かに回らなければならない状況になる、しかし、ファラーが金メダルに向かいギアを入れ替えると、タヌイはもうどうすることもできなかった。

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ファラーはオリンピック連覇と成し遂げた。最終ラップタイムは55.37。このタイムは4年前のロンドンオリンピックの最終ラップ53.48よりは遅かったものの、後半の5000mの13:11は、4年前のタイムを上回っていた。ファラーの優勝タイムの27:05.17は、ケネニサ・ベケレのオリンピック記録にあと4秒まで迫ったのである。タヌイは銀メダルを獲得。3位争いは接戦を極め、トラが27:06.26、デメラッシュが27:06.27でフィニッシュ。ラップは最後のストレートで勝ち目がなくなると最後の数メートルは速度を緩め、失望した様子で5位でフィニッシュし、その後トラックに倒れ込んだ。

Results

RANK BIB ATHLETE RESULT
1 2452 GBR
FARAH Mohamed
27:05.17
2 2698 KEN
TANUI Paul Kipngetich
27:05.64
3 2400 ETH
TOLA Tamirat
27:06.26
4 2392 ETH
DEMELASH Yigrem
27:06.27
5 3097 USA
RUPP Galen
27:08.92
6 3015 UGA
CHEPTEGEI Joshua Kiprui
27:10.06
7 2691 KEN
MUCHIRI Bedan Karoki
27:22.93
8 2344 ERI
TADESE Zersenay
27:23.86
9 2337 ERI
AMLOSOM Nguse
27:30.79
10 2166 BRN
CHEROBEN Abraham Naibei
27:31.86
11 2677 KEN
KAMWOROR Geoffrey Kipsang
27:31.94
12 2812 NZL
ROBERTSON Zane
27:33.67
13 2997 TUR
ARIKAN Polat Kemboi
27:35.50
14 3082 USA
KORIR Leonard Essau
27:35.65
15 2397 ETH
HADIS Abadi
27:36.34
16 2045 AUS
MCNEILL David
27:51.71
17 2654 JPN
OSAKO Suguru
27:51.94
18 2904 RSA
MOKOKA Stephen
27:54.57
19 3081 USA
KIPCHIRCHIR Shadrack
27:58.32
20 2086 BEL
ABDI Bashir
28:01.49
21 2822 PER
OSTOS Luis
28:02.03
22 3021 UGA
KURONG Moses Martin
28:03.38
23 3024 UGA
TOROITICH Timothy
28:04.84
24 2341 ERI
KIFLE Goitom
28:15.99
25 2477 GBR
VERNON Andrew
28:19.36
26 2169 BRN
ELABBASSI El Hassan
28:20.17
27 2083 BDI
IRABARUTA Olivier
28:32.75
28 2051 AUS
ST LAWRENCE Ben
28:46.32
29 2659 JPN
SHITARA Yuta
28:55.23
30 2649 JPN
MURAYAMA Kota
29:02.51
31 2465 GBR
MILLINGTON Ross
29:14.95
32 2188 CAN
AHMED Mohammed
29:32.84
2165 BRN
CHANI Hassan
Did not finish
3004 TUR
KAYA Ali
Did not finish

 

ファラー:オリンピックの10000mで2連覇を成し遂げ、ヌルミ、ザトペック、ビレン、ゲブレセラシエ、ベケレなどの伝説の選手と肩を並べる

長距離の歴史において、オリンピックの2連覇をした選手たちはビッグネームばかりだ。ファラーの他には、たった5人の選手だけが、男子10,000mで2連覇の偉業を成し遂げている。

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オリンピックの男子10000mで2連覇をした選手
パーヴォ・ヌルミ (1920年, 1928年)
エミール・ザトペック  (1948年, 1952年)
ラッセ・ビレン (1972年, 1976年)
ハイレ・ゲブレセラシエ (1996年, 2000年)
ケネニサ・ベケレ (2004年, 2008年)
モー・ファラー  (2012年, 2016年)

ファラー、自らの転倒について語る

“パニくるな、落ち着け、落ち着け”って自分に言い聞かせたよ。転倒した瞬間、気持ちは、これでレースは終わってしまったのか?これで終わりなのか?って考えたけど、“いや、終わりじゃない。ここに向けて厳しいトレーニングをしてきたんだ”  と自分に何度も言い聞かせた」

「娘のリアーナと約束したんだ。“金メダルを絶対に獲って、彼女には悲しい思いを絶対にさせない”と。立ち上がってすぐに、前方を走っている選手たちが、自分が転倒したことに気付いてないように祈ったよ。もし彼らが気づいていて、あと5周ぐらいしかなかったら、レースはもう終わっていたよ」

ファラーは、2012年のロンドンオリンピックでは、2つの金メダルをファラーの双子の娘に捧げたので、今回はリアーナのためにメダルを獲ると約束したのだ。

記者会見でファラーに向けられた厳しい質問

記者会見中、ファラーはアイルランドの記者エワン・マッケナに、ジャマ・アデンとの関係について聞かれた。会話の様子を書き起こしてみた。

マッケナ:「サラザールやジョン・スミス、そしてジャマ・アデンとの関係性について、私は常に疑問を抱いています。そして、アデンに関して言えば、あなたが彼について説明した時に、彼はただストップウォッチであなたのタイムを測っていただけだと言っていましたね。でも、今日彼の娘がTwitterに、彼の家で食事をしているあなたの写真をアップしています。彼女の娘は“ファラーとは仲のいい友人で、父と一緒にトレーニングをしている”と言っていました」

ファラー:「ごめんなさい、誰の事ですか?」

マッケナ:「ジャマ・アデンです」

ファラー:「この競技は小さい世界で行われている。たくさんの選手が写真を撮られる。ただそれだけで、その人と一緒にトレーニングしていることにはならないよ」

2016年6月に、アデンと彼の選手が滞在しているホテルでEPOが見つかった。ここ3年間、アデンはIAAFに調査されているが、彼は追放されていない。ファラーはアデンはコーチではないと過去に述べている。しかし、彼はエチオピア滞在中にアデンの選手たちとよくトレーニングをしたり食事をしたりしていた。マッケナのようなジャーナリストにとってみれば、ファラーがアデンとどのような関係なのか探りたくなるのも、自然の流れだ。

ケニア勢に一体何が起こったのか?

ポール・タヌイは10000mの世界大会において3大会連続でメダルを獲得している。そして、今夜の銀メダルは彼のキャリアの中で一番の偉業と言えるだろう。

しかし、カムウォロルとカロキは、何が一体いけなかったのか、そのことを考えながらリオを去ることになるだろう。彼らに直接話を聞く機会がなかったが (彼らはミックスゾーンでインタビューを断った)、去年の北京世界選手権や今年のカーディフ (世界ハーフ)でモー・ファラーと戦った選手とは全く違うように見えてしまった。

振り返ってみると、ケニア選手権の結果がリオでの結果の予兆だったのかもしれない。高地にも関わらずタヌイは27:46でゴールしており、カムウォロルとカロキは途中棄権をしていた。カロキとカムウォロルは今夜ゴールこそはしたものの、7位と11位というのは、彼らの実力からすると信じられない順位だった。

 

レッツラン記事

http://www.letsrun.com/news/2016/08/mo-nificent-mo-farah-repeats-olympic-10000-meter-champion/

 

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